谷口ヒストリー

誕生から幼少期はこんな子供でした

1986年10月22日、東京都大田区で生まれます。

 

写真の通りとてもかわいい男の子でした。このまま成長できたら嬉しかったのですが…

 

小さい頃は、転勤族だった父親の仕事の関係で様々な都市での生活でした。

 

転勤のたびに仲の良い友達とお別れしなければならないのがすごく残念でした。

 

小学生の頃はたくさんの習い事をしました。

 

習字、柔道、ピアノ、テニス、スキー、バスケットボール、学習塾・・・どれも大成はしませんでしたが、色んなことを中途半端にでもできるようになりました。

 

この点は通わせてくれた両親に感謝をしたいと思います。

 

中学ではバスケットボール部に入部。漫画SLUM DUNK(スラムダンク)を愛読。

バスケットマンを目指し一生懸命練習に打ち込んでいました。

 

当時は今の体型からは考えられないくらい体育館を縦横無尽に走り回っていました。

高校・大学でアメフトとの出会い

高校ではバスケットボールを続けず、友達の勧めでアメリカンフットボール部(以下、アメフト)に入部しました。

 

カラダもどんどん大きくなっていきました。

 

ルールがあまりわからないものの、戦略を立て、それに基づいて与えられた自分の役割を遂行し、チームワークで勝利を目指すというアメフトの魅力にハマりました。

 

ここからアメフトとは長い付き合いになります。

激しいスポーツなので、毎日カラダはボロボロ・・・捻挫した足を引きずりながらの登下校は大変でした。

 

大学では練習量も増え、高校時代以上に毎日カラダがボロボロ・・幾度となく怪我に悩まされました。

 

そんなときにお世話になったのが整骨院でした。始めは整骨院に行けば練習が休めるという怠け者の考えでした。

 

しかし、通っているうちに「なぜ痛いのが楽になるのだろう?」と治療というものに興味を抱くように。

 

将来治療家になりたいなと思うようになったのはこの頃です。カラダが更に大きくなったのもこの頃です。

社会人から専門学校生に

大学卒業後も社会人のアメフトチームに所属しました。

平日は筋トレ、土日は練習というハードな毎日を過ごしました。

 

待ちわびたデビュー戦では肩を痛め、練習も試合も出来ない悔しい日々を送ることになりました。

 

再び整骨院のお世話になり治療していく中で、治療家の仕事を強く意識することになりました。

 

そして、痛みやカラダの不調で困っている人の役に立ちたいと強く思うようになった僕は、3年間の社会人経験を経て専門学校に入学することを決意しました。

 

専門学校では初めて学ぶことばかりなので大変でしたが、都内の整骨院で働きながら国家資格取得に努め、合格を果たしました。

 

カラダは少しだけ小さくなりました。

そして現在…

現在は三玄堂の考え方、ソフトで不思議な治療技術に惹かれ、大学時代にお世話になった村松院長と共に働かせていただいております。カラダも日々大きくなっています。

 

肩が痛くなければもっと思い切りアメフトが出来るのに・・・と当時の悔しかった気持ちを忘れず、同じようにやりたいことが出来なくて困っている方々の助けになれればいいなと思っています。
なかなか改善しない症状、どのように解決すればよいのかわからない症状は任せて下さい。

 

あなたがやりたいことを思い切りできるカラダになれるようサポートしますので一緒に頑張りましょう!

 

どうぞよろしくおねがいします!