村松ヒストリー

誕生から幼少期

1978年1月23日、東京都杉並区に生まれ。出生児の体重は2500gちょっと。

 

今の体型からは到底想像がつかないのですが、未熟児として保育器に入れられるギリギリでの誕生。

 

小さい頃は女の子に間違えられるような顔立ち。

いまでも実は童顔であるため、ヒゲを蓄えているのはここだけのヒミツ。

 

野球好きの父と、スキー好きの母の影響で幼稚園児の頃からスポーツ活動には積極的に参加。

 

小学生時代は平日に水泳、週末は野球。

冬はスキーといろいろなスポーツに取り組む、いわゆる一度外に出ると夕方まで帰ってこない。

 

そんな典型的な活発な少年時代。

アメリカンフットボール部とトレーナー

高校生になると体格の良さを買われ、アメリカンフットボール部に入部。

 

アメリカンフットボールとはここから15年という長い付き合いになります。

高校3年間、大学4年間を部活最優先の毎日。

 

アメリカンフットボールは身体的接触の多いスポーツで怪我とは常に隣り合わせです。

 

大学時代には膝の靭帯を断裂。

その他にも幾度となく怪我に悩まされますが、トレーナーの治療やリハビリによりなんとかシーズンはほぼ全試合に出場。

 

トレーナーという職業や治療家という職業に興味を抱くようになったのは、チームメイトや自分自身にテーピングをしていたこの頃からだったと思います。

 

大学卒業後、治療家になるべく専門学校へ。

トレーナーの先生のもとで修行をしながら、鍼灸師とあん摩マッサージ指圧師、柔道整復師の資格を取得。

 

2003年からは母校のアメリカンフットボール部のトレーナーに就任。

 

2011年にはオールスターチームのトレーナーにも選任

関東の代表チーム50名のケアを任されるという大役を経験しました。

患者さんの気持ちを知る

トレーナー活動をしながら都内の鍼灸整骨院でも修行を続けていた頃、アメリカンフットボールの試合中に転倒し肩を脱臼

 

仕事が殆ど出来ない状態に陥ります。

痛みで腕が挙がらない。白衣を着るのもままならない。

 

しかし現場にはでなくてはならない。そんな状態が続きました。

 

『痛みが無ければもっと仕事に集中できるのに…』

『早く治さないと大好きなアメリカンフットボールも楽しめない…』

 

そんな気持ちを抱えながら毎日を過ごしたこの時の経験…

 

痛みを抱えながら仕事や家事をしなくてはならない患者さんの気持ちを痛い程理解することができました

 

この経験は今の臨床に大きく役立っており、怪我をしたことにも今では感謝しています。

戸塚での開業

鍼灸整骨院での修行も10年を越え「自分の治療スタイル」というものが確立されてきたことをきっかけに、独立を考えるようになります。

 

ちょうど同じ頃、トレーナー活動をより本格的にしていきたいとの考えがあったこともあり、2011年8月に勤めていた鍼灸整骨院を退職します。

 

そしてアメリカンフットボール部のホームグラウンドのある戸塚に2011年11月、はりきゅう・整骨院三玄堂を開院することとなりました。

 

運動選手をのべ5,000人以上見てきたトレーナーだからわかる「身体を動かすこと」の大切さ

鍼灸師としての東洋医学的な「身体の捉え方

養生」という日常生活の大切さ

柔道整復師として学んできた合理的な治療理論による「早期の回復

 

これらを上手く掛け合わせていくことこそ、自分にしかできない最高の治療であると信じ、患者さんが健康で幸せな明日(未来)に辿り着き、

 

好きなこと・やりたいこと』を痛みや不調を気にせず『思い切り』楽しめるような『100年使えるカラダ作り』をコンセプトに日々、臨床に励んでいます。